やる気スイッチの心強い参入
割りこみ仕事の無駄を知る
わたしたちは自分で、邪魔や中断が入ってもあたりまえというビジネス文化をつくりあげてしまったということに注意してほしい。
オフィスのドアを閉めたり、かかってくる電話に毎回出ないと、あなたは失礼で自己中心的で独善的だと思われてしまう。
しかし自分のことを関入者、つまり他人に決めさせておいて最善の結果が得られることは滅多にないし、彼らが持ちこむ問題は何であろうと、
あなたがその日やるべきことのリストに含まれていたためしはほとんどない。
さて、そうした邪魔を一切許さないためにちょっとした事実をお教えすると、割りこんでくる用件の八五パーセントはまったくの時間の無駄でしかないという統計があるのだ。
あなたが注意を向ける価値のあるものはわずか一五パーセントしかない。
それでもわたしたちの多くは八五パーセントの部類であろうと、一五パーセントの部類であろうと、どんな邪魔にも同じように反応してしまっている。
わたしたちは人として、だれかの緊急事態には助けてあげようと思うようにできている。
それは火と高所を恐れるのと同じく、わたしたちのちっぽけな脳に刷りこまれているのかもワフしれない。
理由はともあれ、わたしたちは「緊急」と「重要」を混同しやすい。
必ずしも急ぐものは重要ではないとは言わないが、緊急の用件がつねに重要とはかぎらない。
だから緊急性に反応するのではなく、重要性を吟味するほうが大事だ。
まわりの人間が持ちこむ。
割りこみ仕事はほとんどが時間の無駄だ。
自分の優先基準に照らし合わせて、しっかり見きわめよう。
優先基準に照らし合わせる
もし割りこんでくる用件の八五パーセントが時間の無駄だとしたら、残り一五パーセントの価値のある用件をどのようにして見分けたらよいのだろうか。
それは、あなたの優先基準に照らしてみればいいのだ。
わたしの場合は、「これはお金になるか」だ。
もし答えがノーなら、割りこみを許さずに放っておく。
もし答えがイエスなら、対応する。
自分の優先基準がなければ、用件の重要性を量る物差しがないに等しい。
リストの進行状況とくらべる
すでにできあかっている優先順位のついたリストの進行状況と、割りこんできた用件の双方をくらべてみよう。
たとえば、「食料品を買う」という用件まで日程が進んでいるところへだれかが入ってきて、いま書いている最中の書類に問題があると言ったとする。
そうしたら、あなたが仕出し屋さんでないかぎり、彼女を助けてあげるほうがより重要だ。
一方、あなたが「返事を急ぐ顧客をなだめ」ているときに、同じように彼女が書類を持ってやってきても、それはいまあなたが取り組んでいる仕事よりも重要ではない。
この強力な「緊急用物差し」を使うためには、優先基準をはっきり自覚し、「管制塔」に優先順位をつけた日々の仕事がリストアップしてあり、そしてそのリストとくらべなければならない。
レーダー・スクリーンになぞらえるなら、スケジュールを守るためにはどの飛行機を最初に着陸させるべきかを知っておかなければならないのである。
ていねいに、またはヒステリックに頼むからといって、決して昔なじみの飛行機をさきに着陸させてはいけないのだ。
まわりの人たちの悪い習慣を断ち切る
同僚や友人たちに仕事を中断されても、あなたはいい顔をしていないだろうか。
どれほど彼らが持ちこんだ用件がつまらないものであっても仕事の手を止めて耳を傾けたり、
わざわざ彼らのオフィスまで出向いてパソコンの不調をなおしてやったり、近くにいるからという理由だけでおしゃべりに酋をつっこんだりするのは、
望まない八五パーセントの邪魔が増えるように自ら働きかけているのと同じことだ。
だから、邪魔が入るのを食い止めるのが余計に難しくなるばかりか、ますます悪化させかねない。
彼らがあなたを当てにしないようにするには、これまでと同じ態度を取っていてはダメだ。
だが、彼らは何とかしてあなたを昔の習慣に引きもどそうとする。
泣いたり、冷たい態度に出たり、後ろから不満を囁いたり、あなたが通りかかると会話をやめたり、あなたを睨みつけたり、さまざまなゲリラ戦法を使ってくると覚悟しておいたほうがいい。
その程度はまだ序の口で、もっと過激な戦法に出ることだってあるだろう。
でも、もしあなたが有用な一五パーセントにしか対応しないという姿勢を固く守っていれば、最後には彼らもあなたの新しい態度を当然のことと思うようになる。
そうなると、もうあなたががんばらなくても、彼らのほうから余計なものを持ちこまなくなる。
だが、そうなるまではひたすら我慢しよう。
あなたにしても彼らにしても、身についた習慣は一朝一タに変わるものではないのだ。
同僚の“割りこみ"を許していると、自分にとって大事な用件はいつまでたっても終わらないはっきりした優先基準を持つと……
やるべき仕事が大きすぎると現実に圧倒されて、何もできなくなる。
ここに書きこむ仕事の大きさを決める基準は、一日の終わりに達成できて、「済み」マークを入れられるかどうかだ。
もし答えが「イエス」なら、そこに書きこめる程度の大きさの仕事だ。
もし「ノー」なら、大きすぎるから、あなたは押しつぶされて、その結果、一歩も進めないままに終わってしまう。
何より、有意義なことを達成するには、さきに課題を済ませていかなければならない。
「文学史に残る大作を書く」と、いきなり書くのではなく、「小説教室の夜学コースがあるところを探す」とか、あなたにとっての第一歩となることを書いておこう。
まだそのコースに申し込むことはない。
ただそういうコースをどこで受講できるかを調べるだけだ。
そうしたら、翌日「小説教室に受講届けを出す」とか、第二歩となることを書こう。
その日の終わりには済ませられるような小さなことでなければいけないのだ。
毎日ほんのわずかでも目標に向かって前進すれば、いつかはそこへたどりつけるにちがいない。
本書がどうやって完成したかといえば、毎日少しずつ書き進め、そして書き上がったのである。
企画から出版まで四賄年はかかったと思うが、ここであなたに説明しているのとまったく同じ方法を使って完成したのだ! さきに触れたチェロ奏者の話を覚えているだろうか。
彼女は地元のオーケストラでチェロを弾いてみたいと思っているのに、チェロにはこの五年間触ったことがなかった。
そんな彼女なら、こうはじめればいい。
チェロを戸棚から出す。
楽譜を探す。
弓の手入れをする。
チェロのチューニングをする。
どれも基本中の基本だ。
しかし、毎日、彼女が少しずつこうした作業を積み重ね(ものによっては三十秒とかからない)、一日の終わりに「済み」マークをつけていけば、やがて「練習三十分」「レッスンが受けられるところを探す」「オーケストラのオーディション日を訊ねる」までになっていく。
最後に聞いたところでは、まだオーケストラに入団するまでにはなっていなかったが、本書が出版される頃にはきっと夢が叶っているのではないかと期待している。
わたしの顧客に司祭を務める女性がいた。
彼女は「これはだれかを天国へ導くか」という基準に基づいて一日の仕事の優先順位を決めることにすると宣言した。
司祭がその基準でどのようにして用件を判別できるのかはわたしにはよくわからない。
だが、おそらく神学校で教えられているのだろう。
さて、彼女はリストの優先順位を決め、それから一日の仕事をはじめるようになった、来訪者やかかってくる電話、入ってくるeメールにも「これはだれかを天国へ導くか」という基準で公平に対応した。
もし基準外の用件なら、彼女は「いま手が放せませんので、午後四時にもう一度いらしてもらえませんか」とだけ答えた。
興味深いことに、ほとんど。
天国に関係ない来訪者は事情を理解してそのまま立ち去り、ふたたびもどってくる人はまれだった、彼らはたいてい暇つぶしに来たか、
だれかにグチを聞いてもらいたかっただけだったのだ。
ハートマークのついた行をつくる
わたしは「管制塔」に書きこまれたズコ日の用件”リストを見るだけで、その持ち主の十年後が推測できると思っている。
つまり、こういうことだ。
もしあなたのリストに「ビジネスを維持すること」と「生き残るためにすること」だけしか書かれていなければ、十年後のあなたはいまのあなたと少しも変わらず、何かが変わることを期待するだけで、いまと同じことをしているにちがいない。
用件リストを「現状を維持する」だけの用件で埋めているからだ。
そう、少なくともそれならいまの仕事を失うことはないだろうし、昇進したり、給料が上がることもあるだろう。
しかしそれでは、広大な遠方ではなく近視眼的に手元の人生しか見ておらず、あまりにも寂しくないだろうか。
一方、あなたのリストに、たとえば慈善的な活動やより大きな目標を目指すための用件など、いまのあなたよりもスケールの大きな目標への一歩が含まれていたら、十年後のあなたは目標を達成して、いまとはちがう、何かすばらしいことをやっているだろうと思う。
わたしたちは自分たちの目標がはるかさきの未来のことだと思っていることが多い。
いまそれに向かって何かをするにはまだ早すぎるように思えたり、いまの小さな自分にはとてもできない大きなことだと思えたりする。
しかし、どこかの有名な人の言葉のように、「いまでなければいっできる」「あなたでなければだれがやる」というのだろう。
なかには、自分萌の目標が将来のある時点で奇跡的にも自動的に達成されると期待している人さえいるか、無論そんなことはありえない。
もしあなたが目の前の景色を変えたいと思ったら、現状維持の用件だけではなく、より大きな目標に向かうステップを少なくとも一つ入れておくようにしよう。
設定した目標に近づくやり方はたくさんある。
わたしは、そうしたやり方の多くが複雑で、障害だらけだということを経験してきた。
そもそもそうした方法の多くは生活に取り入れるのが難しく、そしてそれ以上に維持するのが難しい。
そして結局、わたしたちは忙しく入り乱れた生活に追われて、途中で投げ出してしまうのだ。
「管制塔」を使った方法のいいところは、とにかくシンプルなことだ。
もし目標に向かってわずかでも小さな。
歩を重ねつづけるなら、最後にはそれは達成できることになるだろう。
わたしたちは大きな目標に向かって踏み出すのは、まだ時期尚早だとつねに思っている。
しかし、いつまで待っていてもはじめるべきときは現れてはくれない。
わかしは、毎日の用件リストのいちばん上にハートの印をつけている。
そこが、より大きな目標に近づくための小さな一歩だ。
お気に入りのマーカーでリストのいちばん上の行にハートマークを描いておこう。
そこにはその当日になるまで何も書いてはいけない。
その口になったら、大きな目標に向かう小さな一歩を書きこもう。
いや、べつに「文学史に残る大作を書く」と書けというのではない。
それは一日のあいたに成し遂げるには大きすぎる。
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